桐生祥秀の9秒台で思い出したこと

 忘却のかなたに消えていた記憶を、ふとしたことで思い出すことがある。陸上の桐生祥秀が100メートルで日本人初の9秒台を出したニュースを見たとき、20数年前に聞いた古橋広之進氏の言葉が鮮明によみがえった。

 「今の選手が速くなったといっても、吉岡隆徳さんの10秒3は地下足袋で砂利道を走った記録だよ」

 当時、私は陸上担当だった。日本記録を連発していた朝原宣治について、日本オリンピック委員会(JOC)会長だった古橋氏に感想を求めた。『まだまだ吉岡さんには及ばないよ』という含みを込めた強い口調に、意表を突かれた。吉岡が1935年(昭10)6月に甲子園南運動場で出した10秒3は、世界タイ記録だった。このトラックが砂利道だったか、地下足袋で走ったかは定かではない。だが、戦前の競技環境はそんなものだった。

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 吉岡隆徳 - Wikipedia

1909年6月、島根県簸川郡西浜村(後の湖陵町、現・出雲市)で神官の四男として生まれ、小学校卒業後に斐川町(現・出雲市)の吉岡家の養子となる。

1935年6月9日南甲子園運動場、関東近畿フィリピン対抗陸上競技大会)と6月15日明治神宮外苑競技場、日比対抗戦)には10秒3の世界タイ記録(他にラルフ・メトカーフらを含む4人が記録)を達成した。