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【あの時・山梨学院大留学生の箱根旋風】(4)助っ人批判、甲府弁で笑い飛ばす

 

 1992年の第68回大会箱根駅伝で、山梨学院大が初の総合優勝を果たした。出場6度目での快挙はファン、関係者らに大きな衝撃を与えた。2006年以降、海外からの留学生選手は登録2人、出場1人となったが、当時は規定がなく、山梨学院大もジョセフ・オツオリケネディ・イセナがそろって出場した。

 2人が初出場した88年暮れの箱根予選会では、オツオリが2位の日本人選手に2分以上の大差で個人1位となった。イセナは20位で、チームはトップ通過を決めた。「留学生に箱根を走らせていいのか」。評議員会でも議論されたが、過去に外国籍の選手が走ったこともあり「学生であれば拒む理由はない」と2人の出場が認められた。だが、大学には「助っ人外国人は卑怯(ひきょう)だ」「箱根駅伝は日本人のものだ」といった声が届くようになった。上田誠仁監督(57)が明かす。「多くの人が応援してくれる一方で抗議の声もありました。『外人』をもじって『害人使うな』なんて書かれた手紙もありました」

 

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